想いをカタチに、120年のありがとう。

音成印刷は2025年に創業120周年という大きな節目を迎えました。
この120周年ロゴには、印刷の技術と豊かな色彩を表現しています。

どうぞ、これまでの歩みをご覧いただき、未来への一歩を感じてください。

HISTORY

OTONARI 120th Anniversary

創業期

Founding Period

小城から始まった
印刷事業の軌跡

明治時代、和紙産業が盛んだった小城で、創業者は地域でも珍しかった印刷業に挑戦。木版から活版への技術導入や、台湾への進出など、先進的な姿勢が光る。
二代目・三代目も地域に根ざした営業基盤を築き、印刷技術を核に事業を発展させてきた。

1905
明治38年

初代音成今朝太郎が小城町において個人商店として創業、木版印刷による罫紙を商品として販売

初代 音成 今朝太郎について
1911
明治44年

活字を導入し活版印刷を始める。屋号を 音成慶進堂活版所とする

1913
大正2年

二代目音成末吉就任
持ち前の商才で印刷や宿泊業、素麺の事業など多角的に経営。
地元小城を中心に営業範囲を広め現在の営業基盤を築き上げる

二代目 音成末吉について
1915
大正4年

初代今朝太郎は台湾に移り印刷会社を立ち上げる

1933
昭和8年

三代目音成熊一就任

三代目 音成熊一について
1935
昭和10年

現住所へ工場を新築移転。名称を音成印刷所とする。活版印刷機を増設し主に官公庁、農協、商店等の一般印刷に注力する

1948
昭和23年

合資会社音成印刷として法人化。営業の基盤を確立

昭和時代の活版で使用した活字の写真

昭和時代の活版で使用した活字

昭和時代の音成印刷の事務作業の様子の写真

事務作業の様子

活版印刷で組版作業をしている昭和時代の作業風景の写真

組版作業をしている様子

昭和時代の音成印刷の社屋看板の写真
1972
昭和47年

工場を新築。
オフセット部門を設置

成長期

Growth Period

印刷技術と
制作基盤の革新

四代目と五代目の時代に、現在の制作・営業拠点となる工場を新築。オフセットやカーボン印刷技術の向上に加え、印刷前工程のシステムを全国に先駆けて確立し、制作力の強化と会社基盤の構築を実現した。
創業以来の進取の精神がその原動力となっている。

1977
昭和52年

四代目音成一郎就任
カーボン印刷部門を設置し、総合印刷業として業務を拡大

四代目 音成一郎について
1981
昭和56年

佐賀市佐賀駅前に佐賀営業所・佐賀電算写植センターを開設。
日本語ワードプロセッサー(初代ワープロ)と電算写植機を結びつけるソフトを開発し、画期的な印刷システムとして全国的に注目を浴びる

1982
昭和57年

五代目音成妙美就任
製本部門の拡大、カラー4色機を導入

五代目 音成妙美について

発展期

Expansion Period

デザイン強化と
地域情報発信

県内で最初にMACを導入し、DTP・デザインとウェブ事業に早期から注力。企画力を高め、前工程を充実させる中で、地域貢献を目的としたフリーペーパー『おぎなう』を発刊。
同時期に積極的なM&Aで市場を拡大し、現在の基盤を築いた。

1990
平成2年

六代目井手真喜子就任

六代目 井手真喜子について
1994
平成6年

株式会社音成印刷へ組織改編
県内で最初MAC、CTPを導入、制作・製版部門のデジタル化。ウェブ事業部として、Opti事業部を設立

平成時代の音成印刷の制作現場の写真

制作の現場

平成時代の音成印刷の印刷工場の写真

音成印刷旧工場の様子

2009
平成21年

七代目真崎俊夫就任

七代目 真崎俊夫について
2011
平成23年

フリーペーパーおぎなう発刊

おぎなうについて
音成印刷制作のフリーペーパーおぎなうの表紙写真
2013
平成25年

日之出印刷株式会社をM&A

日之出印刷社屋外観の写真

日之出印刷社屋外観

2015
平成27年

製版・印刷機械設備を佐賀工場へ移転・統合
本社社屋改築

リフォームをした音成印刷のフロア内の写真

リフォームされた本社社屋

2019
令和元年

経営革新計画を策定、佐賀県に認定される

2020
令和2年

株式会社エーワンをM&A

エーワン社屋外観の写真

エーワン社屋外観

2021
令和3年

八代目音成信介就任

八代目 音成信介について
2022
令和4年

エーワンにおいてふるさと納税事業の実施
日之出印刷スタジオ改修

2024
令和6年

松浦印刷 ナウプリ事業をM&A実施

ナウプリについて
2025
令和7年

音成印刷創業120年を迎える

これからも、未来に向かって、一歩ずつ。

Step by step.

既存の印刷物だけでなく、企画やスクール事業やイベント事業などの地域課題への解決へ取り組み、また印刷そのもの価値向上に取り組むことでの県内における印刷会社としての特異性を確立。
地域の印刷会社としてのさらなる付加価値をつけた事業にすべく事業領域を拡張することへの挑戦を行っている。

      
     
      
初代 音成 今朝太郎の写真
初代
音成 今朝太郎(益三)

生没年:明治16年~昭和20年
社長期間:明治38年~大正2年(9年間)

音成印刷創業者、日露戦争に従軍、帰還後、1905年、北小路で自身の田畑を売り、木版印刷機を購入。罫紙の印刷業を創業した。創業の場所は今の上坂医院の駐車場あたりだっと言われている。以後明治44年には活字を導入し活版印刷として音成慶進堂活版所として事業を展開する。
大正4年ごろに、小城の江里口商会さんの江里口秀一さんと共に台湾へ、江里口商会の頭番頭として印刷部門の責任者として事業を任されていた。その後また台湾でも独立開業。
当時台湾総督府の仕事を行うなど、商売上手な人物だった。

      
      
     
      
二代目 音成 末吉の写真
二代目
音成 末吉

生没年:明治28年~昭和8年
社長期間:大正3年~昭和8年(19年)

二代目、兄の今朝太郎から小城の事業を引継いだ。
末吉は兄と並ぶくらいの商才があったらしく、金居屋旅館や、素麺製造などの事業も展開。
地元での印刷業を発展させるとともに、さまざまな事業を展開していた。

      
      
     
      
三代目 音成 熊一の写真
三代目
音成 熊一(安治)

社長期間:昭和8年~昭和52年(44年)

音成家直系の長男。大正8年に音成印刷に入社。持ち前の営業力で営業エリアを小城から、佐賀市・多久エリアにも拡大。社長になり、昭和現在の本社の場所(小城市小城町253-4)に工場を新築移転。
活版印刷の増設し、昭和23年には資本金30万円で合資会社音成印刷として法人化。地元において基盤を確立した。

      
      
     
      
四代目 音成 一郎の写真
四代目
音成 一郎

社長期間:昭和53年~昭和56年(4年)

熊一の長男。昭和27年に音成印刷に入社以降、持ち前のリーダーシップで会社を牽引。実績を重ねつつ、さまざま事業や事業投資へチャレンジし続け、昭和47年に工場を建て替え、50年代から工場の第一次構造改善事業を行い、活版印刷から近代のオフセット印刷、帳票関係につよい輪転カーボン印刷、軽オフ印刷を積極的に導入、昭和56年には佐賀駅前に佐賀営業所、また電算写植を導入し佐賀電算写植センターを開設。
また、現在のフォントメーカーのモリサワ・東芝と共同で電算写植とワープロを統合したソフトSODシステムを開発し、業界内で注目を浴びるなど、精力的に事業投資を実施。
また、仕事の外では、ソフトテニスにおいて育成や昭和51年の若楠国体における小城への誘致などを積極的に行い実現させた。

      
      
     
      
五代目 音成 妙美の写真
五代目
音成 妙美

社長期間:昭和57年~平成元年(7年)

一郎の急逝に伴い、代表へ就任。
昭和58年に工場横に音成総合ビルを新築、それに伴い佐賀電算写植センターを移設し、佐賀営業所を閉所する。一郎が手掛けた事業をまとめ、若手の採用や多久市に営業所を開設するなど社内の基盤の足固めを行った。印刷技術においてもオフセット印刷におけるカラー4色機を導入する。女性社長として繊細なところを持ちながら、何事にも積極的で明るくおおらかな性格で人望も厚い人物だった。

      
      
     
      
六代目 井手 真喜子の写真
六代目
井手 真喜子

社長期間:平成2年~平成21年(20年)

一郎の長女。妙美の急逝に伴い、代表へ就任。
平成6年に会社を株式会社へ組織変更。また生産設備への積極投資ではなく、デザインなどの制作・製版部門のデジタル化に注力。当時はまだ黎明期だったパソコン、特にマックPCを県内で先駆けて導入し、また情報化時代への挑戦としてホームページなどのウェブへの対応を行えるように、OPTI事業部を設立し、県内での独自性を築き上げた。平成17年に創業100周年を迎える。

      
      
     
      
七代目 真崎 俊夫の写真
七代目
真崎 俊夫

社長期間:平成21年~令和3年(12年)

一郎の四女圭美の夫として、持ち前の営業力をいかんなく発揮。
印刷を情報加工業として位置づけ、情報発信のワンストップサービスとしての事業体制を確立する。代表となってからは、さらに音成印刷の独自性を特化させながら、特にM&Aに尽力。平成25年に佐賀市の日之出印刷。令和2年に伊万里市のエーワンと事業エリアの拡張を行う。
またフリーペーパーのおぎなうを発刊。小城の情報メディアを扱う事業も展開することで、印刷会社としての幅を広げた。

      
      
     
      
八代目 音成 信介の写真
八代目
音成 信介

社長期間:令和3年~

令和3年12月に八代目として代表就任。
企業理念を「地域の未来を創る」に再定義し、これまでの自社強みである自社での企画力、モノづくりへの対応力などの「人」の力を高めることに注力。社内における日報のDX化や働き方改革のためのカエル会議等を実施。また人材登用にも注力する。
印刷情報加工サービスの事業領域を拡張すべく、新たに広報やデザインスクール事業や、イベント事業、またネットプリント事業や松浦印刷のナウプリ事業等のM&Aを行う。
地域に根差した印刷会社として新たな価値を創造すべく邁進中。

      
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